本稿は「How to Reach CRA Compliance」の抄訳です。
EUのサイバーレジリエンス法(Cyber Resilience Act, CRA)の施行期限が迫る中、多くの企業にとって、CRAへの準拠がサイバーセキュリティの最重要課題となりつつあります。
すでに医療機器や自動車などの厳しく規制された業界では、法規制が安全な製品開発を促進することが実証されてきました。
そして今回のCRAにより、より広範な製品メーカーにも同様のセキュリティ基準の遵守が求められる時代が到来しようとしています。
しかし、ポジティブな側面もあります。CRAへの準拠は、製品メーカーにとって大きな転機となり得るのです。第一に、製品のセキュリティ管理を強化することで、セキュリティ侵害による甚大な損失を防ぐことができます。第二に、脆弱性管理や報告、サードパーティー管理、そしてセキュリティ・バイ・デザイン(設計段階からのセキュリティ対策)といった分野で、他社に先駆けて優れたプロセスや運用体制を構築できれば、その取り組みは評価され、競争上の優位性を生み出す可能性があります。
CRAへの備えに関する重要なポイントをまとめた短いインタビューをご紹介します。
YouTubeでも動画をご覧いただけます。
このブログでは、Qt Group がどのようにして CRA(サイバーレジリエンス法)への準拠に向けた取り組みを始めたのか、そして製品メーカーが規制の要求に確実に対応するために何をすべきかについて、いくつかの知見を共有したいと思います。
Qtユーザー企業のCRA対応状況を見ると、メーカーごとに進捗には大きなばらつきがあります。まだ初期段階にあり、どの製品が対象になるのかを見極めている段階の企業もあれば、すでにサイバーセキュリティ部門が設置され、CRAの各項目について詳細な検討を進めている企業もあります。たとえば、製品の開発や保守プロセスがCRAの要件を満たしているかを評価しているケースもあります。
CRA対応を複雑にしているのは、規制当局側でさえまだ完全に準備が整っておらず、サイバーレジリエンス法に関して不明確な点が残っていることです。一方で、CRAの施行期限は着実に近づいており、企業側には対応を急ぐプレッシャーが高まっています。Qt Groupでも、まだ正式な認証機関が存在していない現状を踏まえ、外部の監査人に依頼して、現時点でのCRA準拠状況を評価してもらうことにしました。もっとも、その監査人自身も、現段階では最善の仮定に基づいて対応している状況です。
つまり、CRA対応はまず「自社が今どの地点にいるのか」を把握することから始まります。そこを明確にして初めて、どの規制項目に優先的に取り組むべきかが見えてくるのです。
CRAへの準拠に向けた取り組みは、早く始めれば始めるほど、施行時に備えた準備が整いやすくなります。たとえ現時点で不明確な部分が残っていても、CRAの要件の中には、すでに着手できる項目が多く存在します。ここでは、そうした取り組むべきポイントのいくつかを詳しく見ていきましょう。
脆弱性管理は、CRA(サイバーレジリエンス法)の要件の中でも、競争優位につなげやすい重要な項目のひとつです。
CRAでは、セキュリティアップデートの具体的な運用方法について厳密な指針が示されているわけではありません。その代わり、発見されたセキュリティインシデントの公開に関する共通のルールが設定されており、製品メーカーは自社に最適なプロセスや運用体制を柔軟に構築することが求められています。つまり、セキュリティインシデント発生時にどれだけ迅速かつ適切に対応できるかを示すことが、他社との差別化要素になり得るのです。対応が適切であれば、ユーザーからの信頼を高め、ブランドイメージにも大きく貢献します。
製品メーカーは、脆弱性報告のプロセスを明確化し、メーリングリストや早期警告の通知チャネルを活用して、報告やユーザーへの連絡を可能な限り自動化する必要があります。また、カスタマーポータルなどを通じてセキュリティパッチを提供する仕組みも整備すべきでしょう。Qt Groupでも、これらの取り組みをすでに実践しています。
脆弱性管理において不可欠なポイントとして、「製品にどのコンポーネントのどのバージョンが含まれているか」を特定できる能力も挙げられます。これにより、万が一セキュリティインシデントが発生した場合、製品メーカーおよびエンドユーザーの双方が、その影響が該当製品に及ぶかどうか、また、どのバージョンにセキュリティアップデートが必要かを正確に把握することができます。
SBOM(ソフトウェア部品表)は、製品に含まれるコンポーネントの詳細や、それらのサプライチェーン上の関係性を機械可読な形式で記述したドキュメントです。たとえば、Qtを使ってデバイスを開発する場合、SBOMを活用することで、製品自身に加え、組み込まれたサードパーティ製コンポーネントの中でセキュリティに関わる部分を明確に特定できます。
SBOMはCRAの技術要件のひとつでもあるため、自動的にSBOMを生成できる仕組みを整えることは、CRA対応を大きく支援する要素となります。しかもSBOMは他の曖昧な項目と異なり、規則内で明確に定義されているため、CRA要件の中でも比較的取り組みやすい項目と言えるでしょう。
ただし、サードパーティ管理においては、これだけでは不十分です。ソフトウェアアーキテクチャが複雑化し、プラットフォーム型のアプローチが一般化する中、特に産業用途では、複数のベンダーによるアプリケーションが1つのシステムに混在するケースが増えています。そうした中で、「万一、組み込まれたアプリの1つにセキュリティ侵害があった場合、どのように製品全体を守るか?」という課題が浮上します。そこで重要になるのが、Qt Application Manager のようなツールを用いたサンドボックス化です。これはアプリケーションを他のシステム部分から分離し、相互干渉を防ぐ仕組みで、製品スタック内のアプリケーションライフサイクルをメーカーが完全に管理できるようにします。
脆弱性管理は、インシデント発生後の対応策にフォーカスされがちですが、そもそもインシデントが起きないように製品を守ることの方が、実はさらに重要です。そのためCRAでは、製品ライフサイクル全体にわたる管理体制を求めており、サポートやセキュリティアップデートを少なくとも5年間、またはライフサイクル全期間にわたり提供することが義務付けられています。
ただし、この「5年間」という期間については、さらに注意すべき点があります。
たとえば、ある産業機械のケースを考えてみましょう。製品の開発だけで5年を要することもあります。開発初期に「Qt 6.8を使って5年後に製品を出荷し、さらにそこから20年間サポートを提供する」という前提は、現実的に困難です。
そのため、OPC Foundationも指摘しているように、製品開発者は早い段階、つまりプロトタイプ段階から「継続的なアップグレード戦略」や「アップデートに対する思想(ポリシー)」を明確にし、常に最新かつ安全な技術を取り入れていく意識が必要です。これこそが、CRA準拠に向けた最大の学びの1つです。最初からアップグレードに備えていなければ、製品出荷後に「痛い目を見て」学ぶことになってしまいます。
では、最初から安定性・安全性・成熟性を備えた製品をどうやって作るのでしょうか?アップデートを出す前には、機能・セキュリティ・ユーザー体験にリグレッション(後退・劣化)がないことを確認しなければなりません。
こうした確認作業に役立つのが、さまざまな品質保証ツールです。たとえば、ソースコードレベルで脆弱性をチェックする 静的解析ツール(CocoやAxivionなど)を使えば、コードが本番環境に投入される前から潜在的な問題を検出できます。さらに現代のようにソフトウェアアーキテクチャが複雑化している中では、「実装がアーキテクチャの意図どおりに行われているか」を検証することも非常に重要です。たとえば、R&Dチームが意図せずセキュリティ上のリスクとなるインターフェースを作ってしまうリスクもあるため、そうしたズレを早期に発見することで、安全な製品作りとCRA準拠の両立が可能になります。
Qt Groupでは、CRA(サイバーレジリエンス法)への対応を二方向のアプローチで進めています。
ひとつは自社製品のCRA準拠を確実にすること。もうひとつは、お客様がスムーズにCRA要件を満たしながら、製品の市場投入スピードを損なわないよう支援することです。
Qt Groupがこれまでに実施してきたCRA対応の取り組みは以下の通りです:
Qt Groupでは、まだ対応中のCRA関連項目もいくつかあります。これらの詳細や対応状況については、前述のCRA専用ページにてご確認いただけます。
また、お客様との対話も定期的に行っており、CRA対応の複雑さに共に取り組むことで、双方にとって最も効果的かつ実用的なCRA準拠を目指しています。
Qtというテクノロジーは、30年の歴史を持ちます。その中で、Qt Groupでは長年にわたり堅牢なセキュリティ体制とプロセスを築いてきました。今回のCRA対応においても、私たちはその既存の取り組みをベースに、要件へと適合させているにすぎません。言い換えれば、CRAは私たちがすでに行ってきたセキュリティ支援の取り組みを制度として正当化してくれたものとも言えるのです。
だからこそ、Qt GroupはCRAを前向きに捉えています。そして今、すべての製品メーカーに「まずはCRA対応を始めてみること」を強くおすすめします。
「どうすれば脆弱性を見つけられるのか?」
「パッチはどのように提供すべきか?」
「最初からセキュアな製品をどう設計するのか?」
「CRA対応項目の中で、どれが“対応しやすい”か、どれが“高負荷な課題”かを分類できているか?」
こうした問いに対する「自社に合った答え」を見つけることができれば、単に法令遵守を果たすだけでなく、市場における信頼獲得や差別化にもつながります。本記事で共有した内容が、皆さまのCRA対応に向けた良い出発点となれば幸いです。さらに詳しいご相談や、自社の現状分析をご希望の方は、CRAワークショップのご予約も承っております。お気軽にご連絡ください。
CRA Vision PaperEUサイバーレジリエンス法に関する考察: |
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