自動車ソフトウェアのコンプライアンスを読み解く: ASPICEとISO 26262の違い

このブログは「Navigating Automotive Software Compliance: ASPICE vs. ISO 26262」を翻訳・一部加筆したものです。

車両がソフトウェアによって定義される時代が進む中で、自動車開発者には、ますます厳格化する品質および安全性の基準への対応が求められています。自動車ソフトウェアのコンプライアンスにおいて中心的な役割を果たす2つのフレームワークが、ASPICEISO 26262 です。どちらも自動車ソフトウェアの品質向上を目指している点では共通していますが、そのアプローチは根本的に異なります。

開発チームにとって、こうした違いを理解することは、単なる知識の習得にとどまりません。重複作業を避けつつ、高品質でコンプライアンスに準拠した自動車システムを構築するための鍵となります。しかし、これらの規格は具体的にどのように異なるのでしょうか?また、どのように相互補完し合うのでしょうか?さらに、両方のフレームワークへの対応を効率化する上で、ツールはどのような役割を果たせるのでしょうか?

ASPICE と ISO 26262を理解する

ASPICEとは?

Automotive SPICE (ASPICE) は、ソフトウェア開発プロセスの成熟度と能力に焦点を当てたフレームワークです。ASPICEは、より包括的なフレームワークであるSPICE(Software Process Improvement and Capability Determination: ソフトウェアプロセス改善および能力判定)を自動車業界向けに適用したものであり、「何を作るか」ではなく「どのようにソフトウェアを開発しているか」に着目して組織を評価します。ASPICEでは、プロセスの能力をレベル0(不完全な)からレベル5(最適化された)までの段階で評価します。多くの自動車OEM(完成車メーカー)は、サプライヤーに対して少なくともレベル2(管理された)またはレベル3(確立された)の能力を証明することを求めています。

この規格では、以下の点が評価されます:

  • 要件が体系的に管理され、トレーサビリティが確保されているか
  • テスト戦略が要件を適切に検証できているか
  • プロセスがプロジェクト全体で一貫して実行されているか
  • チームがプロセスを継続的に測定・改善しているか

ASPICEの主な目的は、担当者の交代やプロジェクトの複雑さ、納期の制約といった状況に左右されることなく、自動車ソフトウェアが堅牢で再現性のあるプロセスを通じて開発され、常に高い品質を維持できるようにすることです。

ISO 26262とは?

ISO 26262は、ASPICEとは根本的に異なるアプローチを取っています。開発プロセスに焦点を当てるのではなく、道路車両における電気・電子システムの機能安全を確保することに重点を置いています。この規格では、Automotive Safety Integrity Levels (ASIL: 自動車安全要求レベル), という概念が導入されており、A(最も緩やか)からD(最も厳格)までの4段階に分類されます。ASILは、以下の要素に基づいて安全要件をどの程度厳密に検証すべきかを判断するための基準です:

  • 故障が発生する確率
  • 故障による影響の重大性
  • ドライバーがその状況を制御できる可能性(制御性)

ISO 26262は、ハードウェアおよびソフトウェアの両方の開発を対象としており、開発チームには以下の取り組みが求められます:

  • 系統的な分析手法を用いて潜在的なハザード(危険要因)を特定する
  • 安全目標および機能安全要件を策定する
  • 適切な安全メカニズムを実装する
  • 安全要件を厳格なテストによって検証し、妥当性を確認する
  • これらの取り組みの証拠を、包括的なセーフティケースとして文書化する

ソフトウェアの開発手法に主眼を置くASPICEとは異なり、ISO 26262は、製品が故障時を含むあらゆる状況下でも安全に動作することを確保することに焦点を当てています。

ASPICEとISO 26262の本質的な違い

自動車開発において関連する課題に取り組んでいる点では共通していますが、これらの規格は品質へのアプローチが根本的に異なります。以下に、主要な観点からの比較を示します:

 

ASPICE

ISO 26262

根本的な目的
プロセス改善とソフトウェア品質の向上 機能安全とリスク管理
開発アプローチ
一貫性と再現性のあるプロセスを重視 設計段階からの安全性確保 (Safety by Design) とリスクベースの考え方を重視
要件管理 トレーサビリティと網羅性に注目 ハザード分析から導かれる安全要件に注目
テストと検証 開発全体を通じた包括的な検証 FMEAやFTAなどの安全特化型テスト戦略を追加で実施
文書化 プロセス順守の証拠としての文書化 セーフティケースとしての文書化
対象範囲 ソフトウェア開発プロセス全体 電気/電子システム全体の安全性
評価手法 能力成熟度レベル (CL0~5) 自動車安全要求レベル (ASIL A~D)
主な目的 プロセス成熟度を通じた品質向上 リスク低減を通じた安全性の確保
起源 ISO/IEC 15504 (SPICE) に基づく IEC 61508に基づく
注力領域 プロセス定義、実装、測定 ハザード特定、リスク評価、安全メカニズム
認証 プロセス監査 安全性評価
適用対象 広範なシステムエンジニアリング 安全が最重要視されるコンポーネント

 

これらの違いを理解することは非常に重要です。というのも、多くの自動車開発プロジェクトでは、ASPICEとISO 26262の両方への準拠が求められるからです。たとえば、現代の車両に搭載されるインストルメントクラスター(メーター類)は、速度や警告灯といった重要な情報を表示する機能を持つため、ISO 26262における機能安全要件への適合が必要です。同時に、ASPICEが求めるプロセスの厳格な運用下で開発されなければなりません。開発チームにとっての課題は、この2つの規格を別々の取り組みとして扱うのではなく、効率的に両方に対応することです。

Axivionがどのようにしてコンプライアンスのギャップを埋めるか

Axivion のようなツールは、プロセス品質と機能安全の両方の要件に対応する機能を備えることで、ASPICEとISO 26262の間にあるコンプライアンスのギャップを効果的に埋めることができます。

ASPICE準拠を支援する機能

ASPICEが重視するプロセス中心の要件に対して、Axivionは以下の機能を提供します:

アーキテクチャ順守の支援:
ASPICE監査でよく指摘される問題のひとつが「アーキテクチャの劣化 (erosion)」です。これは、実装されたコードが設計されたアーキテクチャから徐々に逸脱していく現象です。Axivionのアーキテクチャ検証機能は、コード実装が設計通りであることを継続的にチェックし、このような逸脱を未然に防ぎます。

コードの一貫性確保:
ASPICEでは、コーディングスタイルの一貫性や標準準拠が求められます。Axivionは MISRA などのコーディング規約に基づくチェックを自動化することで、大規模な開発チームにおけるコードの一貫性を強制できます。

トレーサビリティのサポート:
Axivionは、ALMツール (Application Lifecycle Management) との連携により、「要件 → 実装 → テスト」というASPICEが求めるトレーサビリティを維持します。

プロセス統合:
CI/CD(継続的インテグレーション/継続的デリバリー)への統合を通じて、Axivionは日々の開発ワークフローの一部として組み込むことが可能です。これにより、品質確保が別個の対応ではなく、ASPICEが掲げる「プロセスに組み込まれた品質」の実現につながります。

ISO 26262要件への対応支援

ISO 26262が求める安全性重視の要件に対して、Axivionは以下のような機能を提供します:

TÜV 認証取得済み:
Axivion の静的コード解析は ISO 26262のツール適格性要件に対応しており、ASIL D(最も厳格なレベル)までの安全要求に対応可能であることがTÜVによって認証されています。

安全性分析機能:
Axivionは、ランタイムでの潜在的な問題や危険なコードパターン、安全上の懸念事項を特定する静的解析機能を備えており、安全性が最重視されるシステムに合わせて最適化されています。

検証支援:
自動化されたチェックにより、ISO 26262が要求する検証活動のエビデンス(証拠)を提供し、テスト作業の負担軽減につながります。

ドキュメント生成:
Axivionは、セーフティケースに組み込むことが可能なレポートを自動生成します。これは、ISO 26262において最もドキュメント作成が求められる領域の一つに対応する機能です。

Axivionのような統合ツールを使用する最大の利点は、開発チームがASPICEとISO 26262への準拠のために別々のツールチェーンを運用する必要がないという点です。同じ解析基盤が両方の規格に対応しており、安全性が求められるコンポーネントは自動的にプロセス品質の向上の恩恵を受け、逆にプロセス改善も安全性の観点から強化される、という相互強化的な効果が得られます。

2つの基準への準拠を実現するためのベストプラクティス

両規格にうまく対応しているチームは、以下のような実践を取り入れています:

  1. 共通基盤から着手する 
    両規格が重複して要求する領域(例:要件管理、検証活動、構成管理)を特定し、それらに対応するプロセスを共通化して整備します。これにより、無駄のない一貫した対応が可能になります。

  2. 日々の開発フローにコンプライアンスを統合する 
    Axivionのようなツールを活用して、コミットごとに自動チェックを実施することで、コンプライアンス活動を「特別な作業」ではなく日常業務の一部として組み込みます。問題が発生した際に、早期・低コストで対応可能になります。

  3. 領域をまたいだ教育を行う
    安全性担当者がプロセス要件を理解し、プロセス担当者が安全性の観点を理解することで、専門領域ごとの分断(サイロ化)を防止します。領域を超えた理解は、協働の質を高め、ギャップのない対応につながります。

  4. ドキュメントの自動化
    両規格ともにドキュメント要求が非常に多いため、可能な限り開発成果物から自動的に文書を生成する仕組みを整備しましょう。手動での作成を最小限に抑えることで、効率と正確性を両立できます。

  5. 「規格への準拠」ではなく「価値創出」に焦点を当てる
    成功しているチームは、ASPICEとISO 26262を単なる義務や規制対応とは捉えず、より良い製品を提供するためのフレームワークと位置づけています。この視点が、継続的な改善と組織全体の意識向上につながります。

コンプライアンスを競争優位性に変える

ASPICEとISO 26262の両方に効率的に対応できるチームは、コンプライアンスを単なる負担ではなく、競争力の源泉へと転換できます。Axivionのようなツールを活用して両規格への対応を効率化することで、開発チームは次のような利点を得られます:

  • 開発初期段階で品質および安全性の問題を検出
  • コンプライアンス対応の工数を削減
  • 是正作業ではなく、イノベーションへのリソース集中
  • 効果的な実践に関する組織的知見の蓄積
  • 品質と安全を維持しながら市場投入までの期間を短縮

車両がソフトウェア定義型プラットフォームへと進化する中で、プロセス品質と機能安全の両立能力はますます重要になります。ASPICEとISO 26262を競合する規格ではなく、相互補完的なフレームワークとして捉えることが、進化し続ける自動車業界で成功する鍵となるでしょう。正しい理解と、適切なツール、そして戦略的なアプローチがあれば、ASPICEとISO 26262の両方に準拠することは、作業量が2倍になることではありません。それは、より優れた、そしてより安全な自動車ソフトウェアを構築するための統合された戦略となるのです。

 

さらに詳しく知りたい方へ

ISO 26262への準拠を支援し、ASPICE対応を実現するためのソフトウェア品質ツールについてご確認ください。

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