組み込みシステム/デバイスにおけるブロックチェーン:セキュリティ、信頼性、効率性

 本投稿は「Blockchain in Embedded Systems and Devices: Security, Reliability & Efficiency」の抄訳です。IoT(モノのインターネット)環境の組み込みデバイスにブロックチェーン技術を適用すると、セキュリティ、信頼性、効率性が大きく改善します。このブログ記事では、組み込みデバイス/システムにおけるブロックチェーンの仕組みとメリットについて解説します。執筆にあたり、e-GitsのSven Liess氏にも取材しました。

本ブログ記事の内容:

IoT×ブロックチェーンの概要

IIoT環境にブロックチェーン技術を取り入れると、ブロックチェーンでデータを共有し、集中型ネットワークを介さずにIoTデバイス同士が相互通信できるようになります。コンピューターシステムが分散ネットワーク化されるため、通信の改ざん耐性を確保できます。

IoTに接続するデバイスは今後、数千億~数兆個にまで増えるでしょう。しかし現在、そのほとんどが集中型コンピューティングシステム経由で通信しています。通信障害が発生することもありますが、ハッカーによる侵害なども多発します。莫大なコストもかかります。一方、ブロックチェーンはトランザクションなどのデータをデジタル台帳化するため、この問題を回避できます。個々のデータブロックは、直前のブロックを検証したうえで生成され、それらがつながってブロックチェーンが構築されます。

2015年に公表されたIBMの報告書「デバイス・デモクラシー:モノのインターネット(IoT)の未来のために」では、「集中型ネットワーク方式への依存から脱却しない限り、IoTの発展は行き詰まるだろう」と指摘しています。

報告書では、「既存のIoTソリューションの多くは、仲介者のサービスコストに加え、集中型クラウドや大規模なサーバーファームのインフラ費用や保守費用がかさむため、高コストである」としています。

ブロックチェーンを活用すると、IoTデバイス同士が安全かつスピーディーに通信できるため、こうした問題を解決できます。

組み込みシステム/デバイスにおけるブロックチェーンの仕組み

ブロックチェーンはIoTを構成する組み込みシステム上で機能します。たとえば、家庭用サーモスタットに組み込まれたデバイスを使用すると、携帯電話を使って自宅の温度調節ができます。

つまり、コンピューターサーバーの集中型ネットワークを介すことなく、利用者の携帯電話がブロックチェーン経由でサーモスタットと直接的に通信できるのです。

IoT向けブロックチェーンの基礎

ブロックチェーンはビットコインなどの仮想通貨の基盤に過ぎない、という印象をもつ人は多いでしょう。しかし仮想通貨向けの機能と同じ機能を、デバイスのIoT化やデバイス同士の通信にも役立てることができます。

その理由はブロックチェーン技術の仕組みにあります。ブロックチェーンでは、トランザクションを記録する分散型デジタル台帳が生成され、すべてのユーザーがこの台帳を共有します。つまり、単一のサーバー上ではなくネットワークを構成する各ノードにデータが保管されます。ネットワーク上で台帳にトランザクションを追加しようとする個人は、暗号方式で特定・認証されます。その後、ネットワーク上のノードによる承認を経て初めて、トランザクションが台帳に追加されます。

一連の流れにより、データの改ざん耐性を確保できると共に、IoT環境の組み込みシステムを効率的に検証することができます。その結果、ブロックチェーン技術を取り入れたIoTデバイス同士の安全な通信が可能になります。

.IoTデバイスのメーカーがブロックチェーン技術を活用すると、何十億個ものIoT接続デバイスを追跡管理し、連携できます。デバイス同士で通信やトランザクション処理を実行できるため、メーカー側のコストを大幅に削減できます。

ITサービス企業のMphasisが先日公表したホワイトペーパーでは、 ブロックチェーン技術がもたらすトランザクション関連コストの削減効果に着目しています。このホワイトペーパー(原題:Framework for Integration of Blockchain with IoT Devices)の要旨は以下のとおりです。

「デバイス間を行き来する何兆件ものトランザクション処理方式として信頼性の高いピアツーピア(P2P)通信モデルを適用することで、大規模・集中型データセンターのインストール費用や保守費用を大幅に低減できるほか、IoTネットワークを構成する何十億個ものデバイスに必要な演算機能やストレージ機能を分散させることもできる。これにより、単一ノードで障害が発生しても、ネットワーク全体が一時停止に陥ることはない。」 

IoTとブロックチェーンの融合

ブロックチェーンの機能特性とIoTの需要があいまって、両技術の融合が進んでいます。たとえばブロックチェーンを使うと、集中型コンピューターサーバー利用時などに発生する単一障害点を排除できるため、IoTデバイスにとっては大きなメリットになります。


実際にブロックチェーンをIoTデバイスに適用すると、通称「スマートコントラクト」を介してデバイス同士のインタラクションを生成したり監視することができます。スマートコントラクトとは、一定の条件下で自動執行される契約を意味します。端的に言えば、「XXが発生したら、XXを自動実行せよ」と命令するブロックチェーン上のコンピューターコードです。


たとえば食品店の場合、仕入先から出荷された冷凍食品が倉庫に到着した時点で支払いを自動実行する、などの活用事例が考えられます。また、「指定された温度管理が供給ライン全体で順守されていない」とIoTセンサーが検知した場合、冷凍食品を除く仕入品の支払いだけを自動実行することもできます。

組み込みシステム/デバイスにおけるブロックチェーンの活用メリット

ブロックチェーンをIoT環境の組み込みシステムに適用すると、様々なメリットを得られます。そのひとつがセキュリティの強化です。さらに自動処理の効率化、コスト削減などのメリットもあります。


以下は、組み込みシステム/デバイスへのブロックチェーン活用メリットの詳細です。

  • セキュリティの強化:IoTデバイスのメーカーにとってセキュリティ対策は長年の課題でした。デバイスの数が増えるにつれ、この問題がさらに深刻化しています。IoTデバイス同士が集中型サーバーシステムを介して通信する場合、当該サーバーのセキュリティ不備が、これらのデバイスにも影響します。 

    ブロックチェーンではデータ転送の都度、ネットワーク上の多数の、またはすべてのノードによる検証を経なければ転送できないため、不正なトランザクションを抑制できます。これにより、IoTデバイス同士の通信におけるセキュリティが格段に向上します(詳細は、組み込みデバイスに侵入し、改ざんを目論むハッカーの工作について解説したブログ記事をご参照ください。別のブログでは、ハッカーから自社デバイスを保護するための具体的な方法や、組み込みデバイスのセキュリティ全般についても解説しています)。
  • 自動処理の効率化:集中型サーバーを介した通信が不要になるため、自動処理の効率も高まり、デバイス間通信がさらにシンプルかつ高速になります。
  • 信頼性の向上:デバイス同士がより直接的に通信することで、システム障害の発生を抑えられ、通信内容の信頼性が向上します。
  • コスト削減:IoTデバイスの多くは互いに常時通信しているため、何兆件ものトランザクションが発生します。そのためブロックチェーン非適用の場合は、膨大なコストの大規模・集中型データセンターが必要ですが、ブロックチェーンを適用すると、簡便なピアツーピア(P2P)通信が可能なため、コストを大幅に削減できます。ネットワーク障害が発生しにくいことも、コスト削減につながります。

Mphasis社のホワイトペーパーでは、IoTが今後、前述のメリットを実現するためにはブロックチェーンが必要不可欠であることが強調されています。

ホワイトペーパーには、「ブロックチェーン技術は、IoTにおけるプライバシーや信頼性の確保に欠けている部分を埋め、問題を解決に導く。ブロックチェーンはIoT業界にとっての特効薬であり、IoTに接続する何十億個ものデバイスの追跡管理、トランザクション処理、デバイス同士の連携などに活用できるため、IoT業界を開拓する企業にとっても大幅なコスト削減が見込める。分散型アプローチのため、単一障害点がなくなり、IoTデバイスのエコシステムをさらに強靭化することができる」と書かれています。

組み込みシステム/デバイスにブロックチェーンを適用する際の課題

組み込みシステムやIoTデバイスにブロックチェーンを適用する際は、多少の課題も発生します。一例として、大容量の処理能力やデータストレージが必要になります。法的な問題やコンプライアンス面での問題が発生する可能性もあります。


以下は、組み込みシステム/デバイスにブロックチェーンを適用する際の具体的な課題です。

  • ブロックチェーンに必要な処理能力および消費エネルギー:技術者の手によって、超低消費電力の組み込みデバイス/システムが数多く開発されています。(詳細は、組み込みシステム開発における設計プロセスに関するブログ記事をご参照ください。)しかしブロックチェーンを機能させるために、膨大な処理能力を要することもあります。たとえば、組み込みシステムのトランザクションは、ネットワーク上のノード単位で暗号化しなければなりません。 

    IoT対応デバイスには、様々な演算能力が備わっています。残念ながら、求められる処理のレベルによっては、多くのIoTデバイスで能力不足となる恐れがあります(詳細は、処理能力の問題および 自社の組み込みデバイスに最適なCPUの選択方法に関するブログ記事をご参照ください)。
  • ブロックチェーンに必要なデータストレージ:ブロックチェーンには大規模なストレージも必要です。ブロックチェーンを使うと集中型サーバーにトランザクションを保管せずに済みますが、ネットワークのノード自体にトランザクション台帳を保管しなければなりません。しかも、台帳の規模は拡大する一方です。残念ながら、組み込みデバイスの多くはストレージ容量がごく限られています。
  •  ブロックチェーンに関する知識とスキルの必要性:組み込み開発エンジニアを含めて、ブロックチェーンに精通している人材はごくわずかです。組み込みシステムやIoTにおけるブロックチェーンの仕組みを理解している人はさらに少ないでしょう。つまり、自社でブロックチェーンの積極活用を検討している場合は、ブロックチェーンの知識やスキルを備えた人材を採用する、もしくは社内人材を教育する必要があります。
  • 法的観点およびコンプライアンス面での確認事項:ブロックチェーン、とくにIoT環境におけるブロックチェーンは多くの業界にとってまだ目新しい技術です。法的観点およびコンプライアンス面での問題や確認事項のすべてがクリアになったわけではありません。このため、多くの企業がブロックチェーンの全面導入に二の足を踏んでいる可能性があります。

IoT環境の組み込みデバイスへのブロックチェーン適用メリットとデメリット

Blockchain for Embedded Pros and Cons

組み込みシステム/デバイスにおけるブロックチェーンのユースケース

組み込みデバイス/システムにおけるブロックチェーンの活用事例は豊富にあります。たとえば、車両サービスの追跡管理、車の所有者特定などに活用できるほか、サプライチェーンを流れる部品や支払い状況を安全かつ効率的に追跡管理することもできます。Walmartでは生鮮食品の管理にブロックチェーンを活用し、サプライヤー各社に生産地から店頭までのトレーサビリティ確保を義務付ける取り組みを始めました。


以下は、組み込みシステム/デバイスにおけるブロックチェーンの具体的な活用事例です。

  • IoT環境のセキュリティ:IoT環境でブロックチェーンを活用すると、ほぼ確実に情報セキュリティが向上します。また、単一障害点を排除し、ハッカーによる攻撃を阻止することができます。
  • 車両データの記録:IoTデバイス上のブロックチェーンで、対象車両の整備記録や所有者の履歴を効率的に追跡管理できます。新車に付属している純正部品すべての記録および交換品が取り付けられた場所と日時を追跡管理できるほか、コンピュータ制御方式の車載コンポーネントのアップデートにも対応できます。購入時の登録情報および名義移転の記録、事故や修理の状況などもすべて追跡管理できます。
  • 自動車保険:保険会社が所有者の許可を得て入手した車両データを運転特性診断に役立てることができます。また、時速80マイル(約130km)を超える高速走行の頻度、その他の運転特性や基本補償の選択内容、運転特性に応じた保険料割引などの情報を追跡管理できます。
  • 組み込みシステム/デバイス用のデジタル通貨:組み込みデバイス上のブロックチェーンで、サービスの検収完了→自動決済というプロセスを実現できます。テレビに接続するストリーミングデバイスにブロックチェーンを適用すると、利用者が契約中の動画配信サービスや、デバイス経由で購入した他のアイテムの支払いを自動で実行できます。運転中の車が高速料金やガソリン代、食品などの購入代金を自動で支払ってくれる日が来るかもしれません。
  • 環境センサーの追跡および検証:政府機関や環境監査機関による工業用地での公害調査(大気汚染、水質汚濁、土壌汚染の追跡調査)に組み込みシステム上のブロックチェーンが役立つ可能性があります。監視システムで汚染レベルを常時追跡し、設定された基準を超えた場合は必要な措置を発動する、またはレポートを作成する、などの活用方法が考えられます。
  • カーシェアリング: 組み込みシステム/IoTシステム上のブロックチェーンを活用すると、スマホアプリ経由の通信や許可設定をもとに複数の利用者が自動車やトラックを共用できます。これにより、既存の専用プラットフォームや運営企業以外の媒体で、カーシェアリングを実現できます。
  • サプライチェーンを流れる部品の追跡・監視:組み込みデバイス上のブロックチェーンで、サプライチェーン上の商材を効率的に追跡・監視できます。また、製造履歴(指定工場で指定時刻どおりに部品が製造されたこと)の証明や、サプライチェーンを移動する当該部品の追跡管理にも役立ちます。部品の有用性や価値を維持するために必要な環境条件またはその他の諸条件の順守を徹底することもできます。
  • サプライチェーンの追跡管理にもとづく決済: 組み込みデバイス上のブロックチェーンで、サプライチェーンを流れる商材の追跡データをもとに支払いを実行することができます。商材に搭載されたセンサーが「工場到着」と検知した時点で支払い処理を自動実行する、などの活用が可能です。
  • 葉物野菜を含む生鮮食品の追跡管理:Walmartは2019年、生産地から店頭に出荷される葉物野菜のトレーサビリティを確保すべく、サプライヤー各社にブロックチェーンベースの追跡管理システムの実装を義務付けました。鮮度分析や、食中毒の予防・発生時の対策などに役立てています。
  • 灌漑システムの運用:組み込みデバイス上のブロックチェーンで、農業用水を管理できます。圃場全体に取り付けられたセンサーで検知された湿度に応じて灌漑システムのオン/オフ切り替え、調整などを実行できます。
  • 石油掘削・生産プラットフォームの操業:組み込みデバイス上のブロックチェーンでプラットフォームの操業を監視したり、気象条件に応じてオペレーションを調整することができます。
  • スマートファクトリー:スマートファクトリーで稼働する組み込みデバイスにブロックチェーンを活用すると、機器の部品を効率的に補充できます。機器に設置されたセンサーの検知内容をもとに、必要な部品を自動発注できます。
  • 業務用車両の修理:組み込みデバイスにブロックチェーンやセンサーを活用すると、トラックの部品が不具合を起こして故障に発展する前に、部品交換が必要な時期を通知してくれます。
  • 洗剤を自動注文する洗濯機:Samsungでは、内蔵センサーに「洗剤の残量わずか」と表示された時点でメーカーに自動発注し、洗剤を補充してくれる洗濯機(WW9000)を2014年から生産しています。洗剤の他、交換部品の自動注文も可能です。

物流業界の組み込みシステムにおけるブロックチェーン活用事例

IoTのメッセージプロトコル規格(MQTT)とブロックチェーンの併用効果に着目した事例があります。MQTTを使用すると、最小限の帯域幅で遠隔デバイスとネットワーク接続できるため、石油・ガス、自動車をはじめとする様々な産業における組み込みシステムの普及推進に役立ちます。


QtのツールとブロックチェーンをMQTTと組み合わせることで、サプライチェーン全体でセキュアな通信を実現できます。たとえば、センサーからQt Bluetooth経由で送信された環境データをMQTT通信でクラウドに転送する仕組みなどが考えられます。分散エッジデバイスからクラウドに転送されたデータは、ブロックチェーンEthereum(イーサリアム)を使って暗号化され、保護されます。

Qtは、組み込み製品のセキュリティにおけるリーディングカンパニーです

Qtは、組み込みデバイス/システムのセキュリティをいち早く確立したリーディングカンパニーです。実際、ビットコインの創始者(サトシ・ナカモトと名乗る個人または団体)が2009年に開発した史上初のビットコインウォレット(Bitcoin Qt)にもQtが使われています。今日、QtのテクノロジーはIoT環境に接続するデスクトップや組み込みシステムから、ウェアラブル/モバイルデバイスまで、あらゆるOS、プラットフォーム、および画面仕様に対応可能な単一のソフトウェアコードベースとして多くの開発者にご利用いただいています。

こうした理由から、Qtは 組み込みデバイスに最適なセキュリティを提供していると言えます。Qtアプリケーションとデバイスのセキュリティに関する短い動画(77秒)でその仕組みを解説しています。ぜひご覧ください。