Qt for MCUs と LVGL の比較:デザインからデプロイまでの検証

このブログは「Qt for MCUs vs LVGL: A Comparative Study from Design to Deployment」の抄訳です。

Spyrosoft と共同で実施した独立調査によると、Qt for MCUs と LVGL を比較した場合、Qt for MCUs はマイクロコントローラ向け GUI の開発時間を LVGL と比べて 30% 削減できることが明らかになりました。
この効率向上は、Qt の統合ツールチェーンにより、デザイナー(Figma から Qt への移行)、開発者(Qt Creator または Visual Studio Code)、QA エンジニア(Squish for MCUs)の間でより高いレベルの協業が可能になるためです。これにより、クロスファンクショナルなチームが関わる複雑なプロジェクトにおいて、Qt for MCUs が理想的な選択肢となります。
さらに、Qt for MCUs は自動車、二輪車、医療機器など、安全性が求められる産業に向けた包括的な安全認証パッケージを提供しており、機能安全や規制遵守が必須となる場合、LVGL より優れた代替ソリューションとして位置付けられています。

Qt vs LVGL パフォーマンス検証:方法論と実環境でのテスト

マイクロコントローラ(MCU)向けの組み込み GUI 開発において、どちらのフレームワークがより優れた結果をもたらすかを評価するため、私たちは Spyrosoft と協力し、Qt for MCUs と LVGL の客観的な比較を行いました。
Spyrosoft は、自動車、航空、UAV(無人航空機)システム向けの組み込み HMI 開発において 20 年以上の経験を有し、主要なハードウェアメーカーおよび GUI フレームワークすべてと連携してきた企業です。

包括的なフレームワーク評価:デザインからデプロイまで

本調査では、両フレームワークで利用可能な最新ツールを用いて、開発プロセス全体を分析しました。Qt for MCUs では、Spyrosoft が Figma to Qt プラグイン(現在ベータ版)、Qt Creator、そして Squish for MCUs を使用しました。LVGL では、Figma to LVGL と新しい LVGL Editor を組み合わせてテストしました。
この比較により、リソースに制約のあるマイクロコントローラ上で、各フレームワークが最新の GUI 開発ニーズをどのように扱うかについて洞察が得られます。

テストアプリケーションには、高度な洗濯機インターフェースを採用しました。これは、スマートフォン品質のユーザーインターフェースとユーザー体験を求める現在の家電市場の需要を反映したものです。Spyrosoft の UX デザイナーは、滑らかなアニメーション、モダンなビジュアルスタイル、直感的なナビゲーションパターンを備えた複数の画面を作成し、現代のデジタルデバイスに対するユーザーの期待に応えるものとしました。

Smartphone-quality washing machine GUI with smooth animations used in Qt for MCUs vs LVGL framework comparison study

Qt for MCUs と LVGL のフレームワーク比較調査では、Spyrosoft は滑らかなアニメーションを備えたスマートフォン品質の洗濯機向け GUI を使用しました

ハードウェアプラットフォーム:業界標準マイコンでのテスト

Qt for MCUs と LVGL の比較結果が実際の製品展開シナリオを反映するよう、以下の2つの一般的なマイクロコントローラープラットフォームを選定しました。

  • NXP i.MX RT1064 - LCD と PXP 2D ピクセル処理エンジンを備えた、産業用 HMI や民生機器で広く利用されているミッドレンジ MCU。コスト効率の高い組込み GUI アプリケーションに最適なプラットフォームです。
  • STM32U5 - STMicroelectronics 製の超低消費電力 MCU で、高度なグラフィックス機能を備えています。バッテリー駆動デバイスや高度な UI を必要とする IoT 機器に最適です。

どちらのプラットフォームでも、描画性能を最適化するためにダブルバッファリングを使用し、Qt と LVGL の公平な比較を行うためにプラットフォーム固有の最適化を適用しました。

なぜこの比較が組込み開発にとって重要なのか

Qt for MCUs と LVGL のどちらを選ぶかは、製品の成功に影響する重要なプロジェクト要素に直結します。開発チームは、以下に関するデータに基づいた判断が必要です。

  • 市場投入までの期間(Time-to-Market)

  • 開発コスト全体

  • チーム間コラボレーションの効率

  • 長期的な保守性

  • 実現できるユーザーエクスペリエンスの品質

Spyrosoft による本調査は、定量的な指標だけでなく定性的な洞察も提供し、最適なフレームワーク選定を行うための支援となります。

新規プロジェクトで LVGL の代替を検討している場合や、既存ソリューションからの移行を考えている場合でも、この調査結果は理論分析ではなく「実際の開発経験」に基づく実践的な指針を提供します。

Figma からコードへ:デザイン実装の道のり

現代の GUI 開発プロジェクトにおける最初の重要なステップは、デザイナーのビジョンを動作するコードに変換することです。多くのデザイナーが Figma を使用するようになった現在、デザインが完成すると、開発者の手元に届くのは PDF のような静的画像、あるいは良くても Figma のプロトタイプです。これには 2 つの大きな問題があります。

第一に、 開発者は色、サイズ、トランジションなどのデザイン上の選択を推測しなければならないことが多いという点です。つまり、コードを書きながらデザインをゼロから再現する必要があります。
Keurig K-4500 コーヒーマシンの HMI を Qt for MCUs で開発した Joshua Wilkie 氏の言葉を借りると、これは「PDF を掘り下げて、寸法や色などの詳細を自分で確認しなければならない感じ」です。

第二に、 上記の理由もあり、デザイナーの意図が実装段階で失われてしまうことです。Figma 上では魅力的なデザインでも、実際のデバイスでは動作しないケースが多く、その結果、開発者はデザインを簡略化せざるを得なくなります。この妥協はユーザー体験に永続的な影響を与える可能性があります。

Qt for MCUs と LVGL は、この問題を解決するための Figma プラグインを提供しています。Spyrosoft は、両者のアプローチの間に大きな違いがあることを確認しました。

Figma to Qt

Qt の Figma to Qt プラグインは、組み込み GUI 開発における大きな転換点です。
このプラグインは、Figma のデザインから実行可能な QML(Qt Markup Language)コードを直接生成します。現在パブリックベータ版として提供されており、正式版は 2026 年第1四半期 にリリース予定です。初期バージョンのため、本番環境向けには多少の最適化が必要になる場合がありますが、それでも開発を始めるための 即時かつ機能的なスタートポイント を提供します。
Figma to Qt は以下のような視覚的プロパティをエクスポートします:

  • 色、フォント、スペーシング

  • コンポーネントの位置やレイアウト

  • UI の構造と階層

  • 基本的なインタラクションや状態

  • アセットの参照やリソース

Figma to Qt plugin interface showing washing machine GUI design with code generation options for Qt for MCUs implementation

比較検討において、Spyrosoft は Figma to Qt プラグイン を使用して、Figma のデザインを動作する QML コードへ変換し、その後 Qt Creator、Qt Design Studio、または Visual Studio Code にインポートしました。

Spyrosoft で Qt for MCUs と LVGL の比較研究を担当した開発者 Mikalai Arapau 氏 は、Figma to Qt について次のように述べています。「Figma to Qt プラグインは、Qt Quick Ultralite コードのエクスポートを非常にうまく行ってくれます。最終的なプロダクションコードではありませんが、プロジェクトの開発時間を少なくとも半分は削減できます。」

Figma to Qt によって生成されたコードは Qt Design Studio、Qt Creator、そして特に Microsoft の Visual Studio Code にインポートすることができ、開発者が好みの環境で作業できる選択肢がさらに広がっています。これは、コードを Qt Design Studio にしかエクスポートできなかった従来のプラグイン Qt Bridge for Figma と比較して、Figma to Qt が大きな進歩と見なされる理由の一つです。

Figma to LVGL (and Editor)

LVGL におけるデザイン実装アプローチは、開発者が GUI を再構築するためのコードを記述しなければならない、より手動かつ多段階のプロセスです。LVGL にはこの作業を支援するツールがありますが、そのパラダイムは Qt のコード生成方式とは大きく異なります。

Figma to LVGL プラグインは、色・フォント・テキストプロパティ・コンポーネント ID などのスタイル情報を Figma から抽出できます。しかし Figma to Qt と異なり、動作するコードや UI の構造・階層は生成されません。開発者が取得できるのはスタイル定義のみで、コンポーネント、画面、レイアウト、インタラクションなどは手動で構築する必要があります。

デザインと実装のギャップを埋めるため、LVGL の開発者は LVGL Editor を利用できます。これは UI 構築のための XML ベースの宣言的アプローチを提供する独立したツールです。
エディタでは、コンポーネントや画面を視覚的に組み立て、それに Figma からエクスポートしたスタイルを XML ノードにリンクできます。XML 構造が完成すると、エディタはターゲットデバイス向けの C コードを生成します。

Spyrosoft の Mikalai Arapau 氏は、LVGL のワークフローについて次のように述べています。
「コードは手動で作成する必要があります。私の場合、XML を組み立て、そのプレビューを確認してから、その XML から C コードを生成しました。」
この複数ツールを使うアプローチでは、開発者が元の Figma デザインを解釈し、各画面、コンポーネントの関係、レイアウトをすべてゼロから再構築しなければなりません。

コードをデバイスへ持っていく

Figma to Qt や Figma to LVGL + Editor などのワークフローでデザインコンセプトをコードへ変換した後、開発チームはそのコードをターゲットのマイクロコントローラハードウェアへ展開するという重要な作業に直面します。

このステージでは、開発用ツールチェーンのセットアップ、アプリケーションコードの記述とデバッグ、ハードウェア周辺機器との統合、そしてコンパイル済みアプリケーションをデバイスへ書き込む(フラッシュする)作業が含まれます。

Spyrosoft が実施した調査では、Qt for MCUs と LVGL がこのデプロイフェーズをサポートする方法は異なっており、それが開発者の生産性や必要となるコンテキストスイッチの量に影響することが明らかになりました。

デバイスメーカーのツールチェーン

本調査で使用した両方のセットアップにおいて、最初のステップは 2つのボード向けにメーカーが提供する IDE と SDK をインストールすることでした。

NXP i.MX RT1064-EVK では、Spyrosoft は MCUXpresso IDE をインストールしました。これは Arm Cortex-M MCU 向けの NXP 製 Eclipse ベースの環境で、スタートアップコード、ペリフェラル設定ツール、フラッシュ/デバッグ機能を提供します。

STM32U5G9J-DK2 については、STM32CubeIDE と関連する STM32CubeU5 MCU パッケージを使用しました。これらは HAL ドライバ、ミドルウェア、サンプルコード、およびその Discovery Kit に対する統合デバッグ機能を提供します。

これらのメーカー製ツールは、GUI レイヤーが Qt for MCUs で実装されているか LVGL で実装されているかに関わらず、低レベルの初期化、BSP コード、フラッシュ作業の基盤であり続けます。

フレームワーク間で異なるのは、これらの下位レイヤーとの統合具合です。

Qt Creator

Qt for MCUs は、Qt Creator を通じて完全に統合された開発体験を提供します。Qt Creator は開発ワークフロー全体をカバーする包括的な環境として機能し、開発者は QML や C++ のコードを書き、アプリケーションをビルドし、デスクトップ・モバイル・ターゲットハードウェアへそのままデプロイできます。

メーカー製ツールチェーンは一度Qt Creatorに設定すれば、コンパイル、リンク、フラッシュといった処理をチュールチェーンを意識することなくQt CreatorのUIから実行できます。この統合によって、複数ツール間を行き来する必要が大幅に減り、NXP や STM をはじめとした各種マイクロコントローラプラットフォームにおいて、一貫した開発体験を提供します。

Qt Creator unified IDE for Qt for MCUs development, featuring code editor, debugger, and device flashing tools

開発者は低レベルのメーカー製ツールチェーンをQt Creatorに統合でき、ツール間の切り替えによる負担を大幅に軽減できます。

また、Qt for MCUs は特定の IDE の使用を強制しない点も重要です。フレームワークは CMake ベースのビルドシステムをサポートしており、ターミナル主体のワークフローを好む開発者や、自動ビルドパイプラインとの統合が必要な場合に向けたコマンドラインツールも提供しています。

さらに Qt for MCUs は、プロジェクトエクスポーターやビルドシステム統合機能によって、サードパーティ製 IDE との連携も可能にしています。Green Hills MULTI IDE、CMake ベースの CMSIS 対応環境、IAR Embedded Workbench などの専門的なツールを使用するチームでも、Qt for MCUs プロジェクトをこれらのツールと互換性のある形式へ統合できます。

複数の IDE 環境で作業できるこの柔軟性によって、Qt for MCUs はワークフローを固定化するのではなく、チームの好みに合わせて適応できる LVGL の代替フレームワークとして位置付けられています。

LVGL Editor

LVGL Editor は UI デザインとコード生成を担当し、XML で定義されたコンポーネントから C コードを生成し、見た目を確認するためのプレビュー機能も提供します。しかし、LVGL Editor はコードをデバイスへデプロイしたり、完全なビルドプロセスを管理したりすることはできません。

開発者は依然として C のツールチェーンやビルド環境――多くの場合、MCUXpresso や STM32CubeIDE といったメーカー提供の IDE、あるいは GCC/CMake といった代替環境――を使用して、アプリケーション開発、コンパイル、デバイスへの書き込みを行う必要があります。この分離された仕組みによって、開発者は UI 作業のための LVGL Editor と、その他の作業を行うビルド環境の間を行き来する二重ツールのワークフローが生まれます。

この複数ツールによる LVGL のワークフローは、開発プロセスにいくつかの摩擦点を生み出します。UI を変更するたびに、開発者は使用中の IDE やビルド環境から LVGL Editor に切り替え、XML 定義を編集し、C コードを再生成し、再びビルド環境へ戻って更新コードを統合し、ビルドし、デバイスへ書き込む必要があります。

このようなコンテキスト切り替えは開発フローを中断し、Qt for MCUs のような統合環境と比べて高速な反復作業をより煩雑にします。さらに、UI デザインとコード開発ツールが分離されているため、アプリケーションの異なる部分を複数のメンバーが同時に作業する際には同期の難しさも生まれます。

Qt for MCUs は、統合ツールチェーン、複数 IDE への対応、そしてすぐに活用できる最適化機能によって、開発者の生産性を最優先する設計になっています。一方 LVGL は、開発のほとんどを手動で制御できる軽量なフレームワークである一方、複数ツールを組み合わせて管理する必要があり、パフォーマンス最適化も開発者自身が実装する必要があります。

迅速な開発サイクルや、専門レベルが異なる開発者間でのコード品質の一貫性を重視するチームにとって、Qt for MCUs の統合アプローチは Qt vs LVGL の比較において明確な優位性を提供します。

コードのテスト:異なる品質保証アプローチ

GUI アプリケーションを実装してマイクロコントローラ上にデプロイした後、開発チームは、インターフェイスがあらゆる使用シナリオで正しく動作することを検証する必要があります。組み込みユーザーインターフェイスのテストは、デスクトップやモバイルアプリケーションと比較して特有の課題があります。
リソース制約、リアルタイム性能要件、ハードウェア依存の挙動などが、テストプロセスを複雑にします。

Qt for MCUs と LVGL を比較したこの調査では、個々のコンポーネントのユニットテストから、ユーザー体験全体を対象とした包括的なエンドツーエンド検証まで、それぞれのフレームワークがどのようにテストをサポートするかを分析しました。
実際、フレームワークが提供するテスト機能は、製品品質と開発スピードに直接影響するため、組み込みデバイスやマイクロコントローラ向けアプリケーションを作成するうえで非常に重要な要素となります。

Squish for MCUs:実機上での機能的 GUI テスト

Qt for MCUs のテストには、ターゲットハードウェア上で直接 GUI の機能テストを実行できる専用ツール Squish for MCUs が使用されます。
Squish は、組み込みターゲットと開発ツールを接続する Qt の技術 DeviceLink を介してデバイスとやり取りし、デバイスからフレームバッファを取得したり、ユーザー操作を模擬する入力イベントを送信したりできます。

Squish for MCUs を特長づけているのは、組み込み開発の専門知識を持たない QA 担当者でも容易に扱える点です。
Python、JavaScript、Perl など一般的なスクリプト言語による豊富なスクリプトサポートを備えているため、QA エンジニアは C コードを書いたり、低レベルのハードウェアの詳細を理解したりすることなく、高度なテストシナリオを設計できます。
テストスクリプトは、実際の画面出力を期待されるゴールデンイメージと比較し、画像マッチングや OCR(光学文字認識)を用いて UI の動作を検証できます。

 

Spyrosoft で比較テストを担当した Mikalai Arapau 氏 は、Squish の学習コストの低さについて次のように述べています。「Squish を最初に見たときに気に入ったのは、学習曲線が非常に緩やかで、すぐに使いこなせる点でした。このツールの使い方や、スクリプトやさまざまなアプローチの観点で何ができるのかを理解するのに、おそらく 60 分ほどしかかかりませんでした。そして、本当に強力なツールです。」

Squish for MCUs は、実際のハードウェア上でリアルなユーザー体験をテストできます。
これは、機能の正しさだけでなく、アニメーションの滑らかさや操作レスポンスといったパフォーマンス面の検証にも対応していることを意味します。
Black-box テスト手法を採用しているため、内部の実装が変更されてもテストは有効なまま維持され、リファクタリングや最適化時のテストメンテナンスの負担が軽減されます。

さらに、Squish for MCUs の今後の開発計画には オブジェクト認識(Object Awareness)機能が含まれており、スクリプト内で特定の QML コンポーネントを直接参照できるようになります。これにより、画像比較に頼らず、より精密で堅牢なテストが可能になります。

LVGL Test Tools: コードレベルでのユニットテスト

LVGL は、テストにおいて C 言語レベルのテストスタック(Unity/Ceedling) と SDL2 デスクトップシミュレータを提供する、異なるアプローチを採用しています。
テストではウィジェットや画面を C コードで生成し、プログラム的に入力イベントを注入し、キャプチャしたフレームバッファをゴールデンイメージと比較します。
これにより、ターゲットハードウェアがなくても、デスクトップ上でヘッドレスの CI 実行が可能です。

しかし、LVGL のテスト手法では テストの作成・保守を行うのはソフトウェア開発者である必要があります。C プログラミングの経験がない QA 担当者は、独力でテストシナリオを作成したり、アプリケーションの動作を検証したりすることができません。Mikalai Arapau 氏も次のように指摘しています。
「Squish なら QA スペシャリストでも簡単にスクリプトを書けます。しかし LVGL のテストでは C/C++ 開発者が必要です。これが大きな違いです。」

このように 開発者中心のテストアプローチであるため、LVGL が主に検証できるのは ターゲットハードウェア上でのユーザー体験ではなく、コードレベルの機能的な正しさになります。
デスクトップシミュレータは開発中に有益なフィードバックを提供するものの、GPU 性能、ディスプレイ応答時間、タッチコントローラ特性など、リアルデバイス特有の挙動は完全には再現できず、実際のユーザー体験に影響する要素を十分に評価することはできません。

テスト哲学:アクセシビリティ重視か、技術的コントロール重視か

これらの異なるテストアプローチは、Qt for MCUs と LVGL が開発チームをどのように支援するかという、より広い哲学的な違いを浮き彫りにしています。

Squish for MCUs は、テストを「チーム全体で取り組むもの」と捉えています。
QA 担当者が組み込み開発の専門知識を持たなくても、プロダクト品質向上に直接貢献できるよう設計されています。
この「役割の分離」によって、ソフトウェア開発者は新機能の実装に集中でき、一方で QA エンジニアはユーザー視点で独立して挙動を検証できます。

一方、LVGL のテストツールは、テスト実行に対する開発者の詳細なコントロールや、アプリケーション内部状態へのアクセスを可能にします。
これはユニットテストや CI におけるリグレッション検出に非常に有効ですが、技術的な性質が強く、QA スペシャリストがテストに十分関与できないという制約があります。
結果として、ユーザビリティや品質に関する貴重な洞察を QA が提供しづらくなります。

チーム全体で品質保証に取り組める LVGL の代替を求める組織にとって、Qt for MCUs の Squish を用いたテストソリューションは大きな利点となります。
役割に応じてテストの負担を分散できるため、品質チェックのスピードが向上し、開発者はテストスクリプトの保守ではなく機能開発に集中できるようになります。

パフォーマンスベンチマーク:実環境に基づく指標

リソースに制約のあるマイクロコントローラ上でのパフォーマンス特性は、フレームワーク選定において極めて重要です。開発チームは、メモリ使用量、レンダリング速度、CPU 負荷といった明確なデータを把握することで、プロジェクトに最適なフレームワークを判断できます。

Spyrosoft が実施した比較調査では、Qt for MCUs と LVGL の両方で全く同じユーザーインターフェースデザインを実装し、2つの代表的なマイクロコントローラプラットフォーム上でパフォーマンスを測定しました。これらの測定値は、理論的な主張を超えて、制御された条件下での実際の挙動を示す客観的な比較指標となります。

両テスト環境とも、レンダリング性能を向上させるために ダブルバッファリングを採用しています。
特に NXP i.MX RT1060 プラットフォームでは、内蔵 RAM がわずか 1MB しかないため、フレームバッファには外部 SDRAM が必要でした。
このような外部メモリ構成は、すべてを高速な内蔵 RAM のみで処理できる構成と比べてパフォーマンスに影響を与え、多くの組み込みプロジェクトが直面する一般的な課題を反映しています。

  NXP i.MX RT 1064-EVK STM32U5G9J-DK2
  Qt for MCUs LVGL Qt for MCUs LVGL
Total RAM ~0.84 MB ~0.74 MB ~2.00 MB ~1.85 MB
Total Flash ~0.88 MB ~0.83 MB ~1.58 MB ~1.73 MB
Max Framerate ~60 FPS ~33 FPS ~35 FPS ~30 FPS
Min Framerate ~55 FPS ~30 FPS ~30 FPS ~24 FPS
Max CPU Usage ~30% ~25% ~45% ~60%

NXP i.MX RT1064 と STM32U5 における Qt for MCUs と LVGL のパフォーマンス比較表(顕著な差異をハイライト)

Qt for MCUs vs LVGL ベンチマーク結果: NXP i.MX RT1060

NXP i.MX RT1060 プラットフォームにおいて、Qt for MCUs と LVGL は概ね同等のパフォーマンスを示し、Qt for MCUs はより高いフレームレートを達成しました。

総RAM使用量 - Qt for MCUs は約 0.84 MB を使用したのに対し、LVGL は 0.74 MB であり、これは Qt のランタイム機能や QML エンジンに起因するオーバーヘッドを反映しています。

総フラッシュ使用量 - 両フレームワークのフラッシュ使用量は同程度で、Qt for MCUs が 0.88 MB、LVGL が 0.83 MB となり、アプリケーションのコードサイズが近いことを示しています。

フレームレート性能 - Qt for MCUs は最大 60 FPS、最小 55 FPS に到達し、滑らかなアニメーションを実現しました。一方、LVGL は最大 33 FPS、最小 30 FPS を達成しており、これは本プラットフォームの能力というよりも、ベンチマークアプリケーション側のターゲットリフレッシュレートによる制限を受けた結果です。

CPU 使用率 - Qt for MCUs の最大 CPU 使用率は約 30% で、LVGL の 25% と比較してやや高く、Qt のレンダリングパイプラインおよび QML ランタイムによる計算コストが反映されています。
それでも両フレームワークとも、アプリケーションロジックやバックグラウンド処理のために十分な CPU 余力を残しています。

Qt for MCUs vs LVGL ベンチマーク結果:STM32U5G9J-DK2

より高度なグラフィックス機能と 4MB の内蔵 RAM を備える STM32U5 プラットフォームでは、Qt と LVGL の比較において、両フレームワークの性能が概ね近いことが確認された一方で、異なる特性も見られました。

総RAM使用量
Qt for MCUs の必要量は約 2.00 MB、LVGL は 1.85 MB であり、NXP プラットフォームで見られたのと同様のメモリオーバーヘッドの傾向が維持されています。

総フラッシュ使用量
このプラットフォームでは、LVGL のフラッシュ使用量が 1.73 MB とやや多く、Qt for MCUs の 1.58 MB を上回りました。これは STM32 アーキテクチャ向けのコンパイルにおける最適化の違いが影響している可能性があります。

フレームレート性能
両フレームワークとも STM32 プラットフォーム上で類似したフレームレートを達成し、Qt for MCUs は最大 35 FPS・最小 30 FPS、LVGL は最大 30 FPS・最小 24 FPS に到達しました。STM32 のグラフィックス性能により、どちらのフレームワークでも滑らかなアニメーションが提供されています。

CPU 使用率
CPU 使用率の傾向は NXP と異なる結果となり、Qt for MCUs の最大 CPU 使用率は約 45%、LVGL は最大で 60% となりました。この違いは、Qt の STM32 アーキテクチャ向け最適化により、本ハードウェアでは効率面で優位に働いたことを示しています。

パフォーマンス分析:フレームワークの効率と最適化

ベンチマーク結果から、Qt for MCUs と LVGL のどちらもマイクロコントローラのリソースを効率的に使用しており、すべての指標やプラットフォームにおいて一方が明確に優れているわけではないことが分かります。Mikalai Arapau が述べているように、「ソフトウェアエンジニアとしての視点では、Qt も LVGL もハードウェアを効率よく使っており、フットプリントやメモリ使用量にそれほど大きな違いがあるとは言えません。」

見られる性能差は、主にそれぞれのフレームワークが特定のハードウェアアーキテクチャや使用パターンにどのように最適化されているかに関連しています。Qt for MCUs は NXP プラットフォーム上でより安定したフレームレートを示しましたが、これは GPU アクセラレーションされたレンダリングパイプラインや最適化されたシーングラフアーキテクチャが寄与していると考えられます。一方、LVGL はよりシンプルなレンダリング方式により多くの構成でメモリ使用量がわずかに少ないものの、開発者による手動での最適化がより必要となりました。

注目すべき点として、Qt for MCUs は各リリースでパフォーマンス改善を続けています。2026年中頃に予定されている Qt for MCUs 3.0 では、未使用のフレームワーク機能を除外できるモジュール化が重点的に強化され、RAM フットプリントをさらに削減できるようになります。このアーキテクチャ的アップグレードにより、チームはアプリケーションのニーズに合わせてフレームワークを精密にカスタマイズし、実際に利用する機能に対してのみメモリコストを支払うことが可能になります。

完成までの時間:Qt for MCUs が実現するスピードと効率性

Spyrosoft の比較調査で明らかになった最も重要な発見は、開発速度――つまり、チームが初期デザインからデプロイとテストまでどれだけ迅速に進められるか、という点です。開発時間はプロジェクトコスト、市場投入までの時間、競争力に直接影響するため、この領域での効率向上は商用製品にとって特に価値があります。

本調査では、4 つの明確なプロジェクトフェーズに費やされた時間を追跡しました。具体的には、Figma デザインの初回インポートとクリーンアップ(*1)、すべての画面とインタラクションフローを含むデスクトップビルド向けの UI 実装(*2)、デバイスのブリングアップとハードウェア統合(*3)、そして軽量なパフォーマンス検証(*4)です。これらのフェーズは組込み GUI 開発の中核的なワークフローを表しており、Qt for MCUs と LVGL の生産性を明確に比較できるポイントを提供します。

  Qt for MCUs LVGL
Figma to code (initial import + cleanup)*1 8-12 hrs 8-16 hrs
Build UI (desktop, all screens and flows)*2 32-48 hrs 48-80 hrs
Device bring up*3 8-12 hrs 8-12 hrs
Light performance sanity*4 12-16 hrs 12-16 hrs
Total 60-88 hrs 76-124 hrs

Qt for MCUs と LVGL の「プロジェクト完了までの時間」比較表。最も優れた結果はハイライト表示

Figma to Code: コード生成による時間短縮

Figmaデザインのインポートと実装準備を行う最初のフェーズでは、Qt for MCUs が最初の大きな効率上の優位性を示しました。Qt のワークフローは最大で 12 時間で完了したのに対し、LVGL は 16 時間を要しており、この差は主に LVGL 側で追加の手作業による UI 再構築が必要になることに起因しています。

ただし、この最初のフェーズにおける小さな差だけでは、コード生成機能による本当の効果は表しきれません。真の効率向上が現れたのは次のフェーズ、つまり開発者がすべての画面とインタラクションフローを含む完全な UI 実装を完了した段階でした。

UI 実装:コード生成が真価を発揮する場面

UI 実装フェーズでは、2 つのフレームワーク間で最も劇的な開発効率の違いが明らかになりました。

  • Qt for MCUs: 完全な UI 実装に 32〜48 時間
  • LVGL: 完全な UI 実装に 48〜80 時間

この 16〜32 時間の差(平均 30% の時間短縮) は、Figma to Qt プラグインによるコード生成の核心的な価値を示すものです。

LVGL のワークフローでは、開発者が Figma のデザインに基づき、すべての画面、コンポーネントの関係、レイアウトを手作業で再構築する必要があります。LVGL Editor に XML ベースのビジュアル構成ツールはあるものの、開発者は依然としてデザイン仕様を解釈し、それをコード構造へ完全に落とし込まなければなりません。この再構築作業は多くの開発時間を要し、デザイン意図とのズレが生じやすい工程でもあります。

一方、Qt for MCUs の開発者は、すでにデザイン、コンポーネント階層、基本的なインタラクションを含む実行可能な QML コードからスタートできます。この生成コードは製品レベルでは最適化や調整を必要とするものの、ゼロから構築するのではなく、動く基盤の上で改良を重ねていける点が大きな利点です。

デバイス立ち上げとパフォーマンス検証:ほぼ同等の作業量

デバイスの立ち上げ(bring-up)とパフォーマンス検証の後半フェーズでは、両フレームワークともにほぼ同等の作業時間が必要であることがわかりました。

これらの時間が近いという事実は、ハードウェア固有の作業やパフォーマンス最適化は、フレームワークの選択よりも ターゲットプラットフォームの特性に左右されることを示しています。どちらのフレームワークもこの段階に必要なツールやドキュメントを十分に提供しており、重要なのは以下の点です:

  • 開発者がどれだけターゲット MCU に精通しているか
  • ハードウェア固有の最適化がどれほど複雑か
  • そのフェーズに関わるメンバー(例:開発者だけか、QA エンジニアやデザイナーも含むか)

こうした要因が、Qt for MCUs と LVGL のどちらを使う場合でも、後半フェーズの時間に影響を与える主な要素となっています。

プロジェクト経済性とタイムトゥマーケットへの影響

プロジェクトの中間地点において、Qt for MCUs は約 74 時間で完了したのに対し、LVGL は 100 時間を要し、26 時間、つまり 26% の開発時間削減となりました。見積り範囲の上限に近い、より複雑なプロジェクトではこの差はさらに大きくなり、Qt for MCUs の 88 時間に対し、LVGL は 124 時間と、36 時間、29% の時間削減となりました。

これらの計測結果により、Qt for MCUs は LVGL と比較して開発時間を約 30% 削減できるという主要な主張が裏付けられました。その効率性は、デザイナー、開発者、QA エンジニアが連携できる 統合ツールチェーンに主に起因しています。

GUI 開発時間が 30% 短縮されるということは、そのままコスト削減と製品の早期リリースにつながります。西欧市場における組込みソフトウェア技術者の平均レートを保守的に見積もって 100 ドル/時とすると、26〜36 時間の削減は、製品ごとに 2,600〜3,600 ドルの労務費削減に相当します。

さらに重要なのは、この効率性が 製品ライン全体で蓄積されていくという点です。複数のマイコン製品を展開している企業では、この削減効果が繰り返し享受され、より短い開発サイクルにより、市場フィードバックに迅速に対応しつつ、決められた期間の中で機能改善が進められます。

LVGL の代替を検討するチームにとって、タイムトゥマーケットの優位性は特に重要です。市場競争が激しい状況では、いち早く製品をリリースしたり、素早く改良を行えるかどうかが成功の鍵を握ります。高品質なユーザーインターフェースを 30% 少ない工数で実現できるということは、コスト削減以上に大きな 戦略的メリットをもたらします。

Qt の強み:Qt for MCUs の機能を超えて

技術的な機能、パフォーマンス指標、そして開発効率は重要な比較ポイントですが、Qt for MCUs を組込み GUI ソリューションとして LVGL と差別化するいくつかの戦略的な観点があります。これらには、エコシステム統合、長期サポート、プロフェッショナルサービス、そしてコンプライアンス要件への対応が含まれており、プロジェクトがプロトタイプ段階から複数の製品ラインにわたる量産段階へと成長するにつれて、その重要性はより大きくなります。

Qt ファミリーの一部であること:製品レンジ全体でのスケーラビリティ

Qt for MCUs は、より広範な Qt フレームワーク・エコシステムの一部であることによる根本的な恩恵を受けています。Qt は、利用可能なアプリケーション開発プラットフォームの中でも最も包括的なもののひとつであり、マイクロコントローラ(MCU)、マイクロプロセッサ(MPU)、組込み Linux システム、デスクトップアプリケーション、そしてモバイルプラットフォームに至るまで、幅広い領域でユーザーインターフェースを支えています。このエコシステム統合は、多様な製品ポートフォリオを開発する企業に固有の利点をもたらします。

企業はまず Qt for MCUs を使用してマイクロコントローラ上のユーザーインターフェースを開発し、市場要件や製品ロードマップがよりリッチな機能(3D グラフィックス、Web 接続、マルチメディア機能など)を求める段階になった際には、より高性能なハードウェアで動作する Qt 6 へと容易にスケールアップさせることができます。これは両者が同じ基本アーキテクチャと宣言的言語を共有しているため、移行プロセスがシンプルに保たれるためです。

逆に、チームは Linux 上で動作する Qt 6 を使って高度なプロトタイプを開発し、その後、量産時のコスト効率を高めるために Qt for MCUs へスケールダウンすることも可能です。この双方向の柔軟性によって、フレームワークの制約によりハードウェア選択が制限されるのではなく、市場の需要に応じて製品計画を進めることができます。

MCU と MPU の両方にまたがる多様な製品戦略を支える LVGL の代替候補を探している企業にとって、Qt の統合エコシステムは大きな差別化要因となります。LVGL は主にマイクロコントローラ向けの実装に特化しているため、より強力なハードウェアや OS サポート、先進機能を必要とする製品にスケールする際には有用性が限られます。

サポートとロードマップ:エンタープライズ級の信頼性

Qt for MCUs は、Qt Group のエンタープライズ向けサポート体制を活用できる点が大きな強みです。専門のソリューションエンジニア、プロフェッショナルサービス、認定トレーニング、パートナーエコシステムにより、プロジェクト初期のアーキテクチャ設計から、複雑な統合課題のトラブルシューティングまで安心して進められます。

即時的なサポートにとどまらず、Qt は卓越したリリースの安定性と長期的なメンテナンスへのコミットメントを提供しています。
このフレームワークは、年間 3 回という予測可能なリリーススケジュールに従い、明確なロードマップが事前に公開されています。
各リリースは、前バージョンとの後方互換性を維持しており、アップグレード時の混乱を最小限に抑え、強制的な移行ではなく、新機能を段階的に採用することを可能にします。

継続的なプラットフォーム開発へのコミットメントの一環として、Qt は最近、Qt を Qt for MCUs へ変換する作業を加速する AI アシスタントを導入しました。これは、MPU と MCU の両方を扱う企業にとって大きな助けとなります。
さらに、Qt のコードカバレッジソリューションである Coco がまもなく Qt for MCUs でも利用可能になり、マイクロコントローラ上でのテストカバレッジ分析が可能になります。

Long-term support (LTS) リリースでは、長期間の保守とセキュリティアップデートが提供され、数年にわたる製品ライフサイクルに対して安定した運用を可能にします。
この予測可能な進化と保守へのコミットメントは、自動車や医療機器のように製品ライフサイクルが 5~10 年、あるいはそれ以上に及ぶ産業にとって非常に重要です。

LVGLはオープンソースプロジェクトであるため、フォーラムやGitHubを通じてコミュニティによるサポートを提供していますが、エンタープライズ向けプロジェクトで一般的に求められる商用サポート体制や正式なサポート契約は備えていません。

セキュリティとコンプライアンス:安全性が重要なアプリケーション

Qt for MCUs は、明確なコンプライアンスへのコミットメントと安全認証パッケージを通じて、組み込みシステムにおけるサイバーセキュリティおよび機能安全の重要性の高まりに対応しています。

Qt は、2026 年から接続製品に義務的なサイバーセキュリティ要件を課すEUサイバーレジリエンス法(CRA)への完全準拠を約束しています。Qt for MCUs は 2026 年半ばまでに CRA への完全準拠を達成する予定であり、顧客は規制リスクを負うことなく欧州市場で製品を安心して展開できます。

自動車、産業、医療などの安全性が重要な用途向けに、Qt は ISO 26262(自動車)、IEC 61508(産業)、IEC 62304(医療機器)などの規格への準拠を迅速化する完全な安全認証パッケージを提供しています。これらのパッケージには、事前認証済みコンポーネント、安全マニュアル、テスト仕様書、そして認証取得に必要な労力を大幅に削減するドキュメントが含まれています。

一方、LVGL は公式の安全認証を持たないオープンソースライブラリであるため、安全性が重視される用途で使用する場合、開発チーム自身が安全検証および認証プロセスを実施する必要があります。LVGL のオープンソースであるという特性は、必要な監査や検証を実施する柔軟性を提供する一方で、事前認証されたコンポーネントや充実した安全文書が存在しないため、認証に必要な作業量とリスクが大幅に増大します。

結論:組み込み GUI プロジェクトに最適なフレームワークを選択する

Spyrosoft によって実施された Qt for MCUs と LVGL の詳細な比較は、これらのフレームワークが異なるプロジェクト要件や組織の目標にどのように応えているかを明確に示しています。どちらのフレームワークも、リソースに制約のあるマイクロコントローラ上で最新のユーザーインターフェースを実現できる技術的能力を備えており、パフォーマンスの差異はどちらのソリューションでも慎重な最適化によって対処可能です。

しかし、本調査は、開発効率、チームの協業方法、エコシステムとの統合、そして長期サポートといった点で、商用の組み込み GUI プロジェクトの多くにおいて Qt for MCUs が優位であることを明らかにしています。

Qt for MCUs:複雑なチームベースプロジェクトにおける利点

Qt for MCUsは、UXデザイナー、ソフトウェア開発者、QAエンジニアなど、クロスファンクショナルチームが関与するプロジェクトにおいて明確な利点を提供します。FigmaからQt Creator、Squish for MCUsに至る統合ツールチェーンにより、各役割が効率的に貢献でき、チームメンバー全員が組み込みシステムに関する深い知識を必要としません。

LVGLと比較した開発時間30%削減は、主に手動によるUI再構築を不要にするコード生成機能によるものです。この効率化効果は、複数製品を開発する企業や頻繁に設計を反復する企業でさらに高まり、大幅なコスト削減と市場投入期間の短縮につながります。

Qt for MCUが広範なQtエコシステム内で占める位置付けは、マイクロコントローラからアプリケーションプロセッサまで製品ポートフォリオを跨ぐ企業に戦略的な柔軟性を提供します。一貫したQMLコードと開発手法を用いてQt for MCUsとQt 6間で設計をスケーリングできるため、スキル活用を最大化し、製品ライン間の技術的断片化を低減します。

自動車、医療機器、産業用制御システムなどの安全性が極めて重要な産業においては、Qt for MCUsの包括的な安全認証パッケージとCRA準拠への取り組みが実用的な選択肢となります。安全性が極めて重要な用途向けにLVGLを独自に認証するコストは、通常、フレームワーク間の価格差を大幅に上回ります。

LVGL:シンプルさと開発者制御が重要な場合に

LVGLは、開発リソースが集中しているプロジェクト、パフォーマンス最適化に手動制御が必要な場合、またはオープンソースライセンスがビジネスニーズに合致する場合に、依然として有力な選択肢です。このフレームワークの軽量設計と純粋なC言語実装は、内部動作への完全なアクセスと最下位レベルでの動作カスタマイズを望む開発者に最大限の柔軟性を提供します。

LVGLのオープンソース特性は透明性を提供し、コアフレームワークのライセンスコストを排除します。ただし、LVGL Editorのような商用ツールはQtの商用モデルと同様に有料です。オープンソースを好む組織やフレームワークの完全なカスタマイズを必要とする組織は、開発効率のトレードオフがあるにもかかわらず、この側面を評価する可能性があります。

フレームワーク選定の決定

Qt for MCUsとLVGLを評価する組込み開発チームは、以下の主要な要素を考慮すべきです:

  1. 市場投入までの時間的プレッシャー: 厳しいリリーススケジュールを課されたプロジェクトでは、Qt for MCUsによる開発時間30%短縮のメリットが得られます。より余裕のあるタイムラインのプロジェクトでは、LVGLの長い開発サイクルを受け入れることが可能です。
  2. プロジェクトの複雑性: 多数の画面、アニメーション、インタラクションフローを伴う複雑なインターフェースでは、Qt for MCUsのコード生成機能と統合ツールの価値が高まります。ナビゲーションが限定されたシンプルなインターフェースでは、これらの利点の価値は低下します。
  3. チーム構成: UXデザイナー、開発者、QAエンジニアが関与するプロジェクトでは、Qt for MCUsの役割特化型ツールが有利です。開発リソースが集中しているプロジェクトでは、LVGLの開発者中心のアプローチをより効果的に活用できます。
  4. 製品ポートフォリオ戦略: マイクロコントローラとアプリケーションプロセッサを跨いで複数製品を開発する企業は、Qtの統一されたエコシステムから大きな利点を得られます。単一製品組織やマイクロコントローラ実装に専念する組織では、この統合の恩恵は小さくなります。
  5. 安全性とコンプライアンス要件: 安全性が極めて重要なアプリケーションやCRA準拠が必要な製品では、包括的な認証サポートを備えたQt for MCUsが明確な選択肢となります。こうした要件のないアプリケーションでは、どちらのフレームワークも検討可能です。
  6. 長期サポートの必要性: ライフサイクルが長い製品では、Qtの予測可能なリリーススケジュール、後方互換性の保証、長期サポートリリースが有利に働きます。製品ライフサイクルが短い場合、これらの要素の重要性は低下します。

マイクロコントローラ向けGUI開発の選択肢を検討するチームにとって、問題は単に「Qt for MCUsがLVGLより優れているか」ではなく、「どのフレームワークがプロジェクト要件、チーム構成、ビジネス目標に最も合致するか」です。本比較研究は、確信を持ってその判断を下すために必要な客観的データを提供します。


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