世界水準のUXは品質の上に成り立ち、UIを超えていく
10月 30, 2025 by Qt Group 日本オフィス | Comments
消費者の50%は、「デジタル体験が悪いとブランドを乗り換える」と答えています。
この数字は、OEMにとって非常に厄介なジレンマを突きつけています。すなわち、「堅牢だが汎用的なHMIソリューションを使い続けるか」、あるいは「独自開発に踏み切って品質リスクを負うか」という選択です。前者の問題は、運転者がシームレスなコックピット体験を通じてブランドとの一体感を求める中で、ますます競争の激しい市場において存在感を失う危険があることです。
一方、市販ソリューションを使えばブランド差別化の機会を失います。しかし、独自のソリューションを統合しようとすれば、その過程で脆弱性が生じるリスクがあります。そして、その結果はより深刻なものとなりかねません。
反応の遅いタッチスクリーン、フリーズするインターフェース、分かりにくい音声操作ほど、ユーザーを苛立たせるものはありません。ただでさえ「ロードレイジ(運転時の怒り)」が問題視されているのに、車に向かって怒鳴るような状況は避けたいものです。
では、カスタムHMIへの移行は本当に価値があるのでしょうか? 克服すべき品質上の課題とは何か、失敗した場合の代償はどれほどか、そして完璧に実行したときに得られる報酬とは何か——それを見ていきましょう。
カスタムHMI体験へのシフト
自動車市場はますますコモディティ化(差別化が難しくなる傾向)しています。その中で、HMI(ヒューマン・マシン・インターフェース)こそが、OEMが独自のユーザー体験を構築できる数少ない領域です。汎用的なソリューションに頼るだけでは、ブランドが顧客との感情的なつながりを築くことも、プレミアム価格を正当化することもできません。
そのため、2034年までにOEMの約90%がカスタムHMIソリューションを採用する見込みです。狙いは、競争優位性の確立にあります。
これは単に最新技術を導入する話ではありません。ブランドアイデンティティの一部となるような独自のインターフェースを提供することが目的です。たとえば、テスラのインターフェースは一目でそれと分かります。また、BMWの iDrive 哲学は、メルセデスの MBUX アプローチとは異なる方向性を示しています。
これらはいずれも偶然ではありません。
消費者の半数以上が「ブランドのデジタル体験がロイヤルティ(ブランド忠誠度)に影響する」と答えており、車両がソフトウェア中心へと進化する中で、ユーザーはシームレスでパーソナライズされたHMIを期待しています。
つまりOEMは、継続的に革新を続けなければ、HMI分野での市場シェアを失うリスクを負うことになります。HMIの世界市場は2030年までに年平均成長率11.5%で拡大すると予測されています。
ハードウェア仕様の重要性が低下し、ソフトウェアが主導する時代において、既製のHMIではその期待に応えきれません。特に、HMIが車とユーザーの主要な接点であることを考えればなおさらです。
現代のドライバーは、単なる「車」を求めてはいません。彼らが求めるのは、スマートフォンのように直感的で、シームレスに接続された体験です。しかし、この「カスタマイズ志向の高まり」には、重大な課題も伴います……。
カスタムHMI開発における品質の課題
ここからが難しいところです。SDV (Software-Defined Vehicle) における統合は、多くのOEMにとって依然として大きな課題です。2020年以降、HMIを含むソフトウェア関連のリコールは急増しています。2023年には、米国における自動車リコール全体の約15%がソフトウェア問題に起因していました。
さらに、2024年だけで米国では2,700万台の車両がリコールされ、そのうち最も問題の多かったのは電装システムで、約700万台に影響を及ぼしました。
カスタムHMIでは、統合の過程で新たな変数や複雑さが増し、テスト上の課題も多くなります。
管理が不十分だと、バグの増加やUX(ユーザー体験)の劣化といった深刻なリスクが生じます。
消費者の期待という現実
ユーザーは「もたつく」「動きがカクつく」などの体験にすぐに不満を抱きます。彼らはリアルタイムの応答性、タッチ・音声・ジェスチャーといったマルチモーダル入力、そして重要な安全機能をすべて満たすことを当然のこととして期待しています。
ソフトウェア開発の世界では、これらはテストによって克服すべき課題とされています。しかし、自動車においてはさらに実環境と安全性要件という現実的な制約が加わります。
車載HMIは、-20℃から+50℃までの極端な温度環境でも確実に動作しなければなりません。照明条件の違い、手袋を着けた操作、汚れた画面、車体の振動——これらすべては実験室テストで完全に再現するのが非常に難しい要素です。
中でも最も大きな飛躍が求められるのが安全性の検証です。一般的な消費者向けアプリでは安全試験をほとんど必要としませんが、自動車のHMIはドライバー、同乗者、そして他の道路利用者の安全に直接関わります。そのため、運転者の注意を危険なレベルで奪わないかどうかを検証する必要があります。また、応答時間が安全基準を満たしているか、フェールセーフが適切に機能しているかも厳密に確認しなければなりません。
テストのボトルネック
残念ながら、従来の自動車テスト手法は、複雑なカスタムHMIシステムの検証には対応しきれていません。手動テストに依存するとボトルネックが生じ、市場投入までの期間が大幅に延び、テストの網羅性も低下します。
さらに、リアルなテスト環境を再現するには大規模なインフラ投資が必要です。それでも検証が不十分になるケースがあります。
そして、テスト段階での不備は連鎖的に拡大し、修正コストが爆発的に増大します。開発中やリリース前に問題を発見できなければ、深刻な事態を招きかねません。
たとえば、タカタ製エアバッグのリコールでは、業界全体で約240億ドル(約3.5兆円)の損失が発生したと推定されています。この例が示すように、カスタムHMIシステムの品質保証に投資することは、高額なリコールや法的責任を防ぐ最善策なのです。
カスタムブランド化の真のコスト
現代の車では、HMIがダッシュボード全体からコックピット全域にまで広がり、ドライバーが乗車するたびに目にする存在となっています。すでに述べたように、HMIは車内でのブランド体験を形成する中核的要素であり、他社との差別化を生み出す鍵でもあります。
かつて自動車メーカーが懸念していたのはエンジンや外観デザインの問題でした。これらの問題はオーナーに気づかれないことも多かったのです。
しかし今では、反応の遅いタッチスクリーン、わかりにくいUI、煩わしい音声操作などが、日常的なドライビング体験そのものを損ねます。一見小さな操作性の問題に見えても、ブランド全体の印象を大きく損なう可能性があります。
現在、自動車業界には厳しいプレッシャーがかかっています。各ブランドが新機能の開発競争を繰り広げる中で、スピードと品質のトレードオフが発生しています。その結果、品質保証の工程を省略したり、バグや欠陥率が上昇するリスクがあります。
この悪循環はすぐにユーザー不満につながり、ネガティブなレビューや顧客満足度の低下、さらにはソフトウェア修正にかかるサポートコストの増加を招きます。
こうした背景から、自動車メーカーには堅牢かつ効率的なテスト基盤の構築が不可欠です。高品質を維持しつつ迅速に市場投入できる仕組みが求められています。
ブランド体験と品質の両立
ブランドにとっては、カスタマイズへの投資と信頼性の確保という難しいバランスが課題となります。
HMIのリコールはハードウェアほど頻繁ではありませんが、
ソフトウェア関連の問題は増加傾向にあり、リコールやファームウェア更新が必要になるケースが増えています。
UIのカスタマイズに注力することは、ブランドへの好印象を高める効果があります。UIデザイン、パーソナライズ、音声アシスタント、スマートフォン連携など、ブランド価値を高める要素が数多く存在します。
一方で、信頼性と安全性もブランドイメージを支える重要な柱です。安定した接続、正確な診断、ADAS(先進運転支援システム)との統合などが、車両の基本機能を安全かつ確実に保つ要因となります。
最終的には、ユーザーとブランドの双方を守ることが目的です。UX(ユーザー体験)と安全性の両面から見ても、この市場は非常に難易度が高いのです。
差別化と品質を両立させる戦略
では、差別化を維持しながら品質を確保するにはどうすればよいのでしょうか。
1つの方法は、モジュラーアーキテクチャを採用することです。これにより、車両の中核機能とカスタムUIレイヤーを分離でき、システムの安定性を損なうことなく革新を実現できます。
たとえば、VolvoのSensus Connectは戦略的カスタマイズの好例です。同社はブランドアイデンティティに直結する部分に焦点を当て、実績あるAndroid OSを基盤に、安全通知、運転支援機能、ビジュアルデザインを独自に拡張しました。堅牢な基盤の上に、カスタム層を車種全体に渡って段階的に追加していくアプローチです。
同様に、VolkswagenのIDシリーズとMEBプラットフォームもモジュラー構造を採用しています。安定した基盤の上にカスタマイズ可能なUI層を構築し、革新と品質の両立を図っています。MEB (Modular Electric Drive Matrix) はEV専用アーキテクチャであり、広い車内空間と長距離走行、デジタル接続性を両立。モジュラー設計により、様々な車種への展開やOTA (Over-the-Air) アップデートにも対応しています。
このアプローチにより、コア機能の安定性を損なわずにブランド体験を段階的に拡張できます。また、開発チームが学習・改善しながら品質プロセスを高めるリスク低減型の進化戦略を実現します。
開発プロセスでは、継続的テスト (Continuous Testing) の導入も欠かせません。開発工程全体にわたって自動テストを組み込み、後工程での高コストな修正や再開発を防ぎます。これにより、早期欠陥検出・コスト削減・市場投入の迅速化を同時に達成できます。
UIテストツールの利用により、テストを一度作成すれば、UIが進化しても複数のプラットフォームで再利用可能です。これらのツールは、カスタムHMIの成功に欠かせない2つの観点をカバーします。
-
機能検証 (Functional Validation) — タッチ操作、音声コマンド、ジェスチャー認識などが
期待通りに動作するかを確認。 -
レイアウト検証 (Layout Verification) — 見た目が設計通りであり、ブランドのビジュアル一貫性を保っているかを確認。
特にカスタムHMI開発では、視覚デザインを通じてブランドを体現することが重要であり、わずかなレイアウトの乱れでもブランド体験を損なう恐れがあります。
高度なオブジェクト認識機能を備えたテストツールは、機能面と見た目の両方で信頼性の高い検証を行い、UIの変化にも柔軟に対応します。
その結果――
このアプローチにより、メーカーは安全基準に準拠しつつ、初期段階でバグを検出し、最もコスト効率の良いタイミングで修正できます。修正に必要なリソースを削減しながら、品質を損なうことなく迅速なアップデート展開が可能になります。
結局のところ重要なのは、革新性と信頼性が交わる地点、すなわち「ブランド体験を高めながら、ユーザーの安全と満足を犠牲にしない」バランスを見つけることなのです。
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